100人いたら100人から愛される天使のような人

日常

「あの人はほんとにいい人だよなあ、100人いたら100人がそう思うような人だよなあ」「ほんとに、あの人は天使のような人ですよね」という会話に、私が思ったのは「じゃあ私は101人目の異端者だわ」。もちろん、口には出しませんでした。

私が自分を101人目だと思ったのは、その人の闇の部分をみたからです。私を友人として隙を見せてくれたのかも知れませんが、普段周囲から思われていたその方の言動とは思えないようなことでした。普段が「いい人」であるがゆえに、そのギャップに必要以上にびっくりしてしまったのかもしれません。

100人いたら100人から愛される天使のような人、そんな人いるのでしょうか。どんな人気芸能人でも、アンチ〇〇、という人達が存在します。

でも、それは大人の話。純粋無垢な赤ちゃんは、誰からも愛されるべき天使のような存在じゃないか、と問われても、やはり私はNOと答えます。なぜならば、赤ちゃんの姿を見るだけで背筋に冷たいものが走る人だっているのです。例えば、生まれたばかりの子を不幸にも亡くしてしまった母親。病気になって、子宮を全摘出しなければならなかった若い女性。長い間、不妊治療をしても子どもを授かることができずうつになってしまった夫婦。そのような人たちにとって、突然流れる赤ちゃんのCMは、心臓をえぐられるような光景なのです。

誰でも、存在するだけで誰かを傷つける可能性があります。誰ひとり傷つけたくない、と思う優しい方がいらっしゃると思いますが、それは不可能です。試合で優勝する人がいるということは、負けた多くの人がいるということです。多くの人が勇気づけられたと感動するような優勝であったとしても、世の中の全員が心の底から祝福するということはあり得ません。ひとが社会で生きていくというのは、そういうことなのです。

しかし、見方を変えていただくと、逆もまたしかりなのです。いなくていい存在なんて決してありません。自分なんていなくていい、誰も自分を必要としていない、と思う方は、誰かがあなたを大切に思っていることを自信をもって認識してください。今現在、周りを見渡して誰もそんな人はいないと思っても、です。過去はどうでしたか? 今、存在しない人であっても、愛されたという事実は消えません。それでも見当たらない、という方は、未来はどうですか?未来にそんな人は現れない、そう断言できますか? 

たくさんの人からの称賛を得なくても、例え何か理由があってバッシングされたとしても、例え身近にいなくても誰かひとりでもわかってくれる人がいる。それだけで、生きているべき存在なのです。

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