「常識」と「非常識」の境界線

日常

新型コロナ感染に関する緊張感などで特に、常識と言われるものがいかに曖昧な存在なのかと思い知らされます。

「こうするのが当たり前じゃないですか」という前提で、インタビューに答える人々ですが、その内容はまるで異なっています。

コロナに対しては、十分な研究がまだ途中であることもあって、それぞれが自分の思っていることを「常識」ととらえています。Aさんが思う常識とBさんが思う常識が相いれないものであればある程、お互いの心の距離も離れてしまいますね。

考え方は人それぞれであっていいと思います。しかし、自分の常識を一度、疑ってみることも有意義なのではないでしょうか。自分個人としてはそれが常識だとしても、違う立場の人から見たらそれは非常識なのかも知れません。

非常識な人を「自由人」と表現してしまうのは簡単です。ただし、そんな「自由人」は、よほどの魅力が無ければ自然と人は離れていってしまいます。それでも良いのであれば、自由人としてふるまっていただけば良いのですが、あくまでも他人に迷惑をかけない範疇でお願いしたいものです。

逆に言えば、他人に迷惑をかけなければ、何を常識と考えてもそれは個人の自由。その人の個性ととらえて、その個性が自分には許せないとなれば距離をおく。そのようなスタンスで、人間関係をとらえていってもいいのではないでしょうか。

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